Saikaiブログ

まるで“砂の惑星”?!絶景を求め石切り場跡へ探検!~崎戸町平島

2018年8月3日

 

 

崎戸本島から西に31.5km

船では約2時間のところにある離島・平島(ひらしま)

 

 

前回のブログでは、毎年「海の日」に平島で開催されている

伝統行事「ナーマイドー」をご紹介しました。 【前回のブログへは→こちら

 

 

 

引き続き平島から、世にも珍しい絶景をご紹介!

まるで“宇宙にある惑星に降り立ったような景色”が見られるそうなんです

一体どんな場所なのか・・・?暑さに負けず探検に出かけました!!

 

 

 

■日本の産業を支えた良質な石材産地、平島

 

 

絶景の地にたどり着くには、片道約20分の軽い山登りのような道のり。

拭いても拭いても出てくる汗を拭いながら登っていくと・・・いよいよ到着。

 

確かに!ウワサ通り

まるで宇宙にありそうな“惑星”の雰囲気!!

 

 

 

 

 

 

 

その場所とは・・・良質な砂石を切り出していた「石切り場」。

きめ細かく美しい断面、切り出された跡からも材質の良さが分かります。

 

 

平島の石材が国内で使われていた歴史は古く、

江戸時代では刃物などを研ぐ「砥石」として、

昭和初期~中期には紙を作るための木材をすり潰す「パルプストーン」

として加工され使われていました。

 

切り出したあとの砂石。

 

 

 

■製紙業を支えたパルプストーンから世界遺産の石畳まで

 

石切り場に残された「パルプストーン」

 

日本で使っていた「パルプストーン」は当初、海外からの輸入品が主でした。

1次世界大戦時に輸入が厳しくなり、国内での調達が必要となった際

平島産・砂石の需要が高まったのが始まりです。

 

四角に切り出し、直径150cmの円盤状に加工。

これで木材をすり潰し、紙の原料となる植物繊維を取り出していたのです。

 

平島公民館長 林 嘉幸(はやし よしゆき)さんのお話によると、

「戦前・戦後あたりがパルプストーン産業のピーク。

当時の島民は漁業や農業に携わるか、この石切り場で働くことで

収入を得ていました。私の父も含め、80人ほどの人が石切り場で

働いていました。」

 

加工されたパルプストーンは、傷がついたり寸法が崩れないよう

慎重に梱包され、船で島外へ運搬されていました。

国内各地の製紙会社で使用され、日本の製紙業を支えていたのです。

 

パルプストーンなど、石を船で運び出すために使っていたと思われる船着場跡。

 

パルプストーンの生産は1972(昭和47)で終了。

その後、平成4年から11年までは

なんと!あの世界遺産にも認定された「旧グラバー住宅」のある

「グラバー園」の庭園用 石畳石として切り出されていました。

 

画像提供:AC 

 

今も私たちの目に見える形で、

長崎の歴史的建造物に使用されているんですね!

決して大きくはない離島・平島の石が時代を超え

こんなに活躍してきたとは・・・

 

現地から望む絶景にもびっくり!でしたが、

石材としての価値にも感心が深まりました。

 

 

パルプストーンを切り出していた時代の貴重な写真が

平島小学校HPに掲載されています。

http://userweb.u-broad.jp/hirashima-ejh/6mukashi/mukashi.html

 

重~い石をどうやって人力で運んでいたのか?

四角く切り出した石を円盤状に加工するには?など

平島の歴史がわかりやすく掲載されています。ぜひご覧ください♪

 

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