Saikaiブログ

ふるさと発見講座 第2回「明治期の資料から見る西海市の教育・産業」

2018年9月26日

 

 

民の方へ、身近な西海市の歴史・ルーツにふれてもらい

その魅力を知っていただく「さいかい ふるさと発見講座」。

毎年・年3回の講座を開催しています。

 

97()には今年度第2回目を開催。

テーマは…「明治期の資料から見る西海市の教育・産業」です。

 

大瀬戸コミュニティセンターで開かれた講座には約20名の方が参加しました。

 

当日の模様をレポートします!

 

 

■今年は明治元年から150

 

西海町で明治32年につくられた「石原岳堡塁跡」

 

平成最後の今年、1868年の明治元年からはちょうど150年の

年にあたります。

 

そこで、大瀬戸民俗資料館にある資料を中心に

明治期の西海市について「教育」「産業」の分野から見てみよう!

というのが今回のテーマです。

 

講師は、大瀬戸歴史民俗資料館 学芸員の中村 綾乃さん。

 

明治時代に入り近代国家への一歩を踏み出した世の中の流れに沿って、

西海市でも産業の発展や義務教育が導入されました。

 

 

■西海市と近代教育

 

 

 

教育分野では、

明治時代に使用されていた各教科の教科書を紹介。

 

現代のように、国語・算数・生物・社会などもある中

裁縫に特化した「裁縫教使書」や養蚕について示した「蚕の飼育法」

など当時ならではの教科書もありました。

当時の産業に対して、より実践的な内容も教えられていたのですね。

 

学制によって全国的に小学校の設立が進みましたが、

地方では江戸時代から地域に根づいていた「寺子屋」が

その役割を果たしていたところもありました。

 

現在の大瀬戸町でも、庶民教育機関の「寺小屋」が

開かれていたという記録があり、地域の大人が

付近の子どもたちに読書や算術を教えていたようです。

 

 

■明治期の産業~農業・漁業と養蚕

 

 

近代化を支えた産業として、明治期の長崎県では

「造船業」「石炭業」「漁業」の3つが大きな柱でした。

 

中でも漁業について、西海市の現・大瀬戸町では

大正7年の「西彼杵郡瀬戸村 郷土誌」から

鰯網漁が盛んだったと記されています。

 

鰯は「干鰯(ほしか)」=農業用の肥料として需要がありましたが

「煮干し」として食料用に加工する技術もこの時代に発展していきます。

漁獲物は海運により長崎・佐世保、県外各地に出荷されていました。

 

当時大瀬戸町で、農業との副業として

多くの家が営んでいたのが「養蚕業」。

農作業などの合間を縫って蚕の世話が行われていました。

 

 

ヨーロッパなど戦局によって生糸の需要が高まり、安定した収入として

養蚕が盛んだったそうです。

「優良繭を穫る秘訣」としてイラスト入りで解りやすく解説された資料もありました。

 

 

このほか、「地券」やお金の貸し借りの記録、

現在の長崎市内にある商店との取引など

明治時代の人々の暮らし・経済活動を知る手がかりとなる資料が

たくさん紹介されました。

 

 

パソコンもプリンターも無い時代。

和紙でできた帳面にすべて筆書きで事細かに記録が残されています。

 

虫食いなども多く、解読が困難な資料もあったそうですが

大瀬戸歴史民俗資料館にある資料から中村学芸員が1つひとつ解説を

してくれました。

 

 

 

■第3回は「潜伏キリシタン」がテーマ

 

 

次回の「さいかい ふるさと発見講座」は

「外海地方から五島・平戸への潜伏キリシタンの移住」について。

 

◆日時:2018 11 10日(土)14時~16

◆会場:西海公民館

◆講師:岩崎 義則 准教授 (九州大学 人文科学研究院)

入場料無料・予約不要

 

今年の夏、世界文化遺産に登録された

「長崎・天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」。

 

中でも、五島・平戸といった島々の潜伏キリシタン集落には

西海市や外海地方から移住した人々がいました。

この移住の理由や背景について、当時の史料から読み解いていきます。

 

週末の開催ですので、関心のある方・お時間ある方は

ぜひご参加ください♪

 

お問い合わせ

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社会教育課
電話:0959-37-0079
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